葬儀式典天国について

天国葬祭について


天国の特色

あん人らしか、お葬式。

天国葬祭は、その方を知らずに、お見送りはいたしません。
歩んでこられた道、こよなく愛しておられたこと、

故人の人となりを教えていただくことから、私たちの仕事がはじまります。

最後のお別れのひとときを、その方にもっともふさわしいものにしたい。
それが私たちのいちばん大切にしている心です。

社長メッセージ

天国葬祭は、前会長、故米丸功の息子の急死がきっかけで生まれました。

第二次大戦からしばらくたった1950年(昭和25年)、

 

荒廃した国土の一日も早い復興を図るために

大規模土木プロジェクト「宮崎県上椎葉ダム建設事業」が開始されました。

労働者延べ五百万人をかけたこの九州戦後初の大プロジェクトは、

数々の難工事を乗り越え五年の歳月を経て完成しました。

それは、やがて日本のダムの歴史に燦然と輝く大プロジェクト・

黒部ダムへと繋がっていくのです。

しかし、この栄光の陰には、105名の殉職者を出すという

悲しい現実があったのです。

その殉職者105名の中に、功の息子成之がいました。

落石による事故死でした。

息子が親より先に他界した悲しみは、功にとって計り知れないものでした。

その悲しみを乗り越える事が出来たのは、たくさんの方々の励ましのお陰でした。
成之のお葬式は、地域をあげてのものでした。

男性は山で白木や竹を切り、女性は炊き出しの準備をし、

故人への感謝と労いを込めてお送りして頂きました。

そういった地域の方々の励ましのお陰で、大きな悲しみを乗り越える事ができたのです。

多くの人々に支えられる中で、前会長は、

「地域の皆さんが行って下さった事を、今度は私が皆様にできないか?

それが、一生をかけて私ができる、地域の方々への恩返しになるのでは...」
と、強く思うようになりました。

その思いが、現在の天国葬祭の起源となりました。

それから、50余年、2万6千人以上の方のお別れをお手伝いさせて頂きました。

天国葬祭 代表取締役社長 米丸五男